| HHOME>児童会の歌>校歌 |
| クリックすると校歌が聴けます |
![]() |
|
|
| 校歌に寄せて 勝 承夫(作詞) 山口はほんとうに心のこもった村だった。 山にも川にも一木一草に郷土愛がこもっているような気がした。 その温かさが旅人の私の心にも通い、私はあの歌を書くときもそれを幾度か反芻し胸のうるむ想いをした。 第一節の 「春を色どる初花早く 人あたたかに なごむふるさと」 という言葉は、その想いを刻したものである。 また、翌日、あの山に立って木曽谷が南に展ける姿を見た時、 私は少年のように雄大なものに索がれる大らかさを感じた。 中津川の空は大きくは濃尾平野、更に太平洋につづいているのだ。 われわれは郷土愛と共に世界に対する関心をいつも持つ。 それが文化を生む心である。 第二節の「清く明かるく われらも進む」 と少年少女のこころにかえって、私は歌った。 校長住宅の朝、霧の中から美しく映え出た恵那山は印象的だった。 真向うに見えたからかも知れぬ。 それからだんだん日射しが深まって来る山口の村の姿は、いかにも平和で希望的に感じた。 第三節はその印象からはじまっている。 そして昼の勤労を、そして明日を…と私の心象は発展し、母校の栄を歌い上げて最後とした。 懐古的な意味では購母が一番心をうった。しかし、これは詩人としての私をよろこばせたが、 校歌という少年の心を写すものとしては扱いきれなかったのを残念に思っている。 深々としたあの木立の湿潤と薄明、それはとうとうと流れる木曽川の瀬音と調和して、 いか尤も漂渺たるものを感じさせた。 あそこで誰しも菅笠を冠って一人で歩きたいと思うであろ。 下総 皖一(作曲) 小学校と中学校といっしょということですので、できるだけやさしく作りました。 それから校歌どいうものは、式とか運動会とかいう時ばかりに歌うものではなくて、 いつでも口をついて出るようなものでありたいと思います。 また、卒業してしまってもいつまでも歌いつづけられるようなものでありたいと思います。 この校歌では、歌詞がはじまってから七小節目のシンコペーションのところで 少し軽快な気持ちになり気分がちょっと変わります。 その次の、「春を」 というところから少し静かにおちついて、 それから終りまではだんだんと気持ちを盛りあげていって、 終りのところで頂点を作ります。「ここに楽しく」 以下のところです。 このあたりの主旋律 (上の旋律) は、変声期の児童や生徒には少し苦しいかもしれませんが、 その人たちは下の旋律を歌うようにして下さい。 |
| HOME |