苗木城跡
苗木城天守台柱建物
天守台から見た中津川市街地
苗木城は,中津川市内を東西に貫流する木曽川の右岸に一段と高くそびえる城山(432m)に築かれていました。木曽川から山頂の天守跡までの標高差は約170mあります。岩山の上で利用できる土地の確保が困難であったため,建物の構築方法に懸造(かけづくり)が使われているなど,自然の地形を有効に生かして築かれた山城です。
築城時期については諸説があり定かではありませんが,大永・天文年間(16世紀前期~中期)に苗木の北方にある植苗木(うわなぎ)を拠点としていた遠山氏がこの地に移り住んだものと思われます。
その後戦国の動乱の中で遠山氏は苗木城を追われますが,関ヶ原の戦いに先立ち遠山友政が城を奪還し,以後江戸時代を通じ12代にわたり遠山氏が城主として治めました。
苗木城真景図(部分,風吹門付近)
城の縄張りは本丸,二の丸,三の丸等に区分けされ,残っている城の絵図から17世紀の中頃には近世城郭としての苗木城の姿が完成していたと思われます。城の建物は明治4年に取り壊され,現在は石垣のみが遺されていますが,城門のひとつが苗木遠山史料館に保存展示されています。
風吹門
苗木城跡の石垣の特徴としては,天然の巨岩を利用したり,また岩の上や岩を囲いながら積まれるなど,地形の制約を受けた積み方がみられることがあげられます。
苗木城の城域は,城郭の主要部である内郭部分が約2万m²,外郭部も含めると約35万m²に達します。そのうち156,774m²が,1981(昭和56)年4月,国の史跡に指定されました。
苗木遠山史料館に展示されている苗木城の模型
| 史跡 苗木城跡 | ||||||
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2012.4.30