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中津川市の工業
出典: 中津川市公式ホームページ
中津川市の工業の歴史は古く、1902年(明治35年)中央線開通と共に工業の近代化が始まりました。
明治39年、中央製紙㈱(現王子特殊紙㈱中津工場)が操業。地場産業であった木材工業や国有林、民有美林そして良質な水などを背景に発展しました。昭和14年には、地場生糸業と協調したかたちでオーミケンシ㈱中津川工場が中心市街地にて創業しました。さらに昭和18年2月、三菱電機㈱中津川製作所が疎開工場として操業。終戦後は民生電機工場として定着しました。それを機に金属機械加工を主体とした工業群が形成され、市内はもちろん近隣町村に大きな雇用を生み出し、中小企業の自立も果たしました。
昭和50年開通の中央自動車道は、流通面等で中京圏と近畿圏との関連を強くさせていきました。それに呼応するように、昭和63年3月岐阜県・地域整備公団による中津川中核工業団地の予約分譲を開始。現在では16社が操業し、約2,500名の雇用を創出しています。
中津川市の工業の現況は、平成21年製造品出荷額等2,811億円で、前年比26.4%の減少。その構成比率は、電気機械器具が1,195億円(42.5%)を占め、次いでパルプ・紙・紙加工品262億円(9.3%)、輸送機械器具203億円(7.2%)、プラスチック製品が194億円(6.9%)などとなっています。事業所数は、総数294事業所。従業員数は、総数11,671人で、電気機械器具が33.8%を占め、輸送用機械器具が11.0%、窯業・土石製品製造業6.2%の順となっています。
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最終更新 14:56, 2011年6月14日 (火)。


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